詩集「空と樹木」 (大正十一年)

海 へ

健康の朝

カルナヴル・ロマン

カテージ・メイド

野薊の娘

スコットランドの娘

田舎娘

暁を呼ぶ声

テニスの試合

夜の樹々と星と私と

悦 び

散 歩

嵐の翌朝

冬空を讃う

雨後の往来

スイート・ピー

芝 生

ボン・ボック

田舎の夕暮

胸の松明

小 景

窓から

友だちが帰った後

雲と落日

四十雀

薮 鶯

生 活

新らしい季節

帰り道

冬の田舎

欅に寄す

或る宵

井戸端

台 所

東京へ

雪どけの日から

小さい墓地

収 穫

幸いの日

雲 雀

 

 海 へ

 太陽の下できらきら光る丘の家々は
 まるで花模様の宝石、
 太陽の下で虹色にかがやく水は
 まるで豪華な敷物、
 曳船や小蒸汽は夏の水際のきれいな昆蟲、
 そして
 遠く丘から海岸へ響きかえる荘重な別れの汽笛、
 みごとな半旋回。
 太陽の下の花壇のような港をうしろに
 いま、黒塗の巨大な汽船が海へ乗り出す。

 舳へさきに飛びちる波のしぶきは軽い羽根だ、  
 青い空気を切って進むマストはかがやく剣だ。
 水の上の明るい唇のように
 鷗の接吻の忙しいところ、
 岬の蔭から花束のような漁村の見えて来るところ、
 入海の滑らかな鏡が海洋の大うねりとなり、
 夢想と冒険との水平線が
 その不安と嵐とを薔薇いろの光明に包みくゆらせて
 はるかに君をさし招くところ、
 船よ、大胆と剛毅の船よ、
 君はその機関の轟きを一層確かにとどろかせながら、
 颯爽たる船首を無際涯のかなたに向けるのだ。

 船は月光が深遠な沈黙をひろげる大海を縫って進む、
 その船跡の銀の畝を
 遠くしりえに輝かせながら。
 船は微風の夜、潮の瀬に乗って航走する、
 はるかに南十宇の大星座が
 ケンタウルスの幾十の眼をその頭の上に播き散らすところ。

 そこは永遠の夏の日が
 珍貴な植物を熱烈な太陽の下に繁茂させて、
 浪の泡が見も知らぬ花や果実や宝石となって海底に沈んでいる
 南方の島の或る港だ。
 船は快活に錨をおろす、
 船はその後檣に華やかな旗をひるがえす。
 おお長い航海と安着の悦び、
 そしてこの楽園のような南洋の島。
 しかも彼の目的地は此処ではない。
 ユリッシーズを待ち設けた海こそまた彼を待っている。
 勤勉な作業、落度なき準備。
 船は出発する、照り輝いた朝、
 海岸に群れつどう幾百の讃歎と愛惜との瞳に見送られながら。

 縦揺れ、横揺れ、
 船は暴風雨の海を手捜りしつつ進む、
 墳墓そのもののような澎湃のただなかに
 寂寞たる機関の音を響かせながら。
 今は浪の頂き、今は深淵の底、

 推進機をからからと虚空に廻し、
 黒煙の乱髪を風雨に吹き散らし、
 勇猛の舳を波の幔幕に突き入れて、
 日を転び、夜を蹟きながら難航する。

 かくて大地の肉体と海洋の精神、
 この強剛な船は信念の羅針盤と揺るぎなき天の篝火とを目あてに、
 港から港へ、水平線から水平線へ、
 絶望なく、自棄なく、落胆なく、
 橈まぬ勇気と強い自信と奮然たる努力とをもって常に進むのだ。
 赫耀たる文明が人道の理想と合体するところ、
 人類の夢想が荘麗な未来の都市を建設するところ、
 そこにこそ全世界の移住が可能である国土へ
 彼は一切の犠牲を賭して進むのだ。

 太陽の下できらきら光る丘の家々は
 まるで花模様の宝石、
 太陽の下で虹色にかがやく水は
 まるで豪華な敷物。
 しかしこれらの世界より一層燦爛たる新世界の曙を目ざして、
 荘重な別れの汽笛を海から丘にひびかせながら
 いま、黒塗の巨大な船が海へ乗り出す。

 

 

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 健康の朝

 久しぶりの秋晴れに心も楽しく、
 土の香高い庭に降り立ち
 掃き集めた落葉の山に火をつける。

 朝は空も緑、
 雲なしの緑の空に日はまだ東、
 水晶を溶いた風もつめたく、
 参差する枝菜の網目をくぐって吹き波れば、
 枯葉の山に青い煙は湧きおこり、
 濛々と渦巻きのぼり、
 天をくゆらす朝の燔祭はんさい。  
 健康の香は庭をこめて爽かだ。 

 おお、鳴きいでる蟬!
 夏の終りの装甲した歌い手。
 樫の大木に打ち込んだ鋲の頭か、
 ゴチックの円柱にちりばめた玉の飾りか。
 厳粛な鋼の頭、
 頑丈な鎹かすがいの脚、 
 緑泥の腹に波をうたせ、
 玻璃の翅をぴんと張って、
 声をかぎりに歌い出す健康の歌、
 静寂な朝を震撼し、
 夏と秋とをつらぬく歌、
 長く曳いた、重も重もしいその歌。

 落葉は燃える。
 青々とはびこる煙、
 時おりのぞく焔の顔、
 愛すべく、気紛れな、ぱちぱちいうその呟き、
 かつは崩れる灰のほらあな。

 リーチの壷に紅と白のカーネーションは優しく、
 白磁の碗に珈琲の熱いのも楽しい。
 中世のヨブ「コラ・ブルニョン」の物語は、
 恐るべき天才ベルリオーズが「メモワル」と共に机上にあり。
 稀なる熱情は極度の明快と手をとりかわし、
 恋愛と酒とは天禀と誠実とを裏切らず、
 不遇にあって両者は哄笑し、
 ラテンの気魄は両者をみたす。
 ああ
 今は孤独も孤独ではなく、
 悲哀もひとり悲哀ではない。
 歌え! 私の歌、光明の歌、
 振りまわす素手の歌を。
 虚空にきらめくコルネットの歌を。

 落葉は燃える、燃える。
 朝をことほぐ祭の火。
 青い煙は湧き上り、湧き上り、
 枝にもつれ、葉にまつわり、
 庭にみち、部屋に流れ、
 かくて天空の深みに消える。
 鼻を打つその匂いは
 秋の匂い、健康の香  
 天地に焚きこめる自然の香煙。

 ああ、空は緑に
 黄金おうごんの日はさしのぼり、
 蟬の歌は白金はっきんの顫わせて朝をつらぬく。
 さて一杯の珈琲に思いをまとめて、

 ここに私の書きくだす一篇の詩! 


 

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 カルナヷル・ロマン

 ああ!
 夜もまた昼も
 私のうちに鳴りひびく
 ベルリオーズの「カルナヷル・ロマン」
 わが愛、わが魂よ。

 そもそもどんな盛福の天に生れて
 神々を悦ばせ、
 燦然たる想像の嵐となって襲いかかるのか、
 君、天空と怒濤と花との「カルナヷル・ロマン」
 初めもなく、また終りもなく、
 いつとも知らず高まり来たって、
 「カルナヷル・ロマン」
 君はその無量の荘麗と不死の青春とをもって私を包み、
 光明の渦巻くうしおで私の全存在を震撼する。

 歓喜に身を顫わせ、
 情熱と自信に燃えひろがる
 君、天空の清朗と正午の氾濫との大序曲。
 君の南方の光輝と芳香の嵐とは私を酔わせ、
 湧き立つ言の動乱は
 私をも捲きこんで乱舞せしめる。
 ああ!
 淡紫のリラの花束を振るって私の胸や顔を撃つタンバリン、
 虚空をわたる春風のフリュート、
 包みきれない大歓喜に身をねじって歌うヴァイオリンの斉奏。
 眠っていた私の全意識は俄然として言に目醒め、
 春の海流のような君の勢いに私の心は勇みはやる。

 私は聴き、また心に見る、
 一陣の風が吹き起こって闇と冬との雲の幔幕を引き裂くのを、
 引き裂かれたその断片が
 決然たる信念に吹きやられた陰鬱な思想のように、
 たちまち地平線のかなたに姿を消すのを。

 見よ! 今こそ麗らかな春だ、
 天と地との目醒め、一切の生の目醒めだ。
 太陽の祝福は地にみなぎり、
 山々はその雄々しい膚を現し、
 川は瑠璃いろの空をうつして遠く流れ、
 村々に平和の煙と再生の声はたちのぼり、
 雪消の野に花は目をひらき、
 露は輝き、
 小鳥はみずみずしい若枝に囀りかわし、
 天空には
 ほがらかに流れるエオルスの琴の響き。
 「カルナヷル・ロマン」
 わが愛、わが魂よ。

 私は聴き、また心に見る、
 イタリヤの華やぐ空を、
 空の下なる燦爛たる大円頂クポーラを、鐘楼カンパニーレを、 
 また広場ピアツァに玉を鳴らす噴水の響きを、
 そのあたりの織るような雑踏を、
 馬車を駆る人々、徒歩の人々、
 友人、親子、愛人、師弟、
 老いも若きも、男も女も、
 腕を組み顔を輝かせながら、
 笑い、さざめき、戯れ、足踏み鳴らすのを。
 また聴く、
 これら楽しい声々の千万の小波にまじって
 大路の敷石を撃つ馬の蹄の明るい戞々かつかつの音を。  
 「カルナヷル・ロマン」
 わが愛、わが魂よ。

 また、私は聴き、心に見る、
 仮面をつけた道化者の諧謔の笛の音を、
 サルタレロの急調子を、
 コンフエッチの霰の音を、
 窓を打ち、壁を打ち、馬車を打ち、人を打つ五彩のつぶてを。

 私は見る、
 幾千の顔の流れを、衣裳の波を、交叉する無数の足の稲妻を、
 貴人を、僧侶を、軍人を、官吏を、美術家を、詩人を、学者を、
 商人を、職人を、農夫を、羊飼を、旅行家を、悪漢を、乞食を。
 また見る、
 貴婦人を、尼僧を、町の女房を、百姓女を、
 娘を、子供を、女優を、娼婦を、女乞食を。

 そして見る、
 大路を照らす金色の日光を、日光に煙る塵埃を、空気を、
 花窓を、幔幕を、浮彫の破風を、きらめく尖塔を、
 また飛びちがう菫の花束を、
 うそとまことの接吻を、
 悪口を、訊刺を、愛の眼を、嫉妬の眼を。
 また晴れやかな青空に散る狼火のろしの煙を、  
 馬車を、騎馬を、手車を、風にはためく幟や旗を。
 そして私は見る、
 しだいに湧き立つ祝祭の海を、
 しだいに白熱する群衆の感情を、
 その華麗な波立ちを、燦然たる嵐を、花と薫香との旋風を。
 また私は聴く、
 大空にまで奔騰する叫喊の轟きを、
 しかもその絶間に流喨たるフリュートの短曲アリエッタを、 
 そして再びおこる群衆の発情を、その激越した歓喜を、
 実に海そのもののように澎湃する彼らの騒擾のリズムを。

 ああ! 「カルナヷル・ロマン」
 ベルリオーズの「カルナヷル・ロマン」
 わが愛、わが魂である「カルナヷル・ロマン」は
 今宵も私の脳中に鳴って荒れ狂う。
 この音楽の何たる嵐、何たる情熱。
 しかもそこに薫る春のような芳香、
 整々たる秩序、計算なき数学、
 悠々たる起伏と、調和を無視した調和。
 実に若き天才の心の灼熱と帝王の意志とが生んだ音楽はこれだ。
 私は君に傾倒する、
 エクトル・ベルリオーズの「カルナヷル・ロマン」!


 

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 カテージ・メイド

 歌え、歌え、カテージ・メイド、
 井戸端で、菩提樹の下で、
 腰に手をあて、胸を張って、
 お前の思いを歌え。
 露ほどの曇りもないお前の思いを歌え。

 歌え、歌え、カテージ・メイド、
 サラダ葉を巻く裏庭で、
 洗濯物の乾く裏庭で、
 お前のびを歌え。
 健やかな十七の五月の夢を歌え。

 向うの丘には一日、日が当っている、
 若い花やいだ春の日が。
 お前も若い、お前も花だ。
 歌え、歌え、カテージ・メイド。

 都からは遠い明けっぴろげた田舎では
 何もかもわだかまりがなく無垢で純粋だ。
 お前も無垢で純粋だ。
 歌え、歌え、カテージ・メイド。

 もうじき麦の刈入れが始まる、
 雲雀の親子が旅に立つ。
 歌え、歌え、カテージ・メイド。

 もうじき馬鈴薯が玉になる、
 今日は葱の種採りだ。
 歌え、歌え、カテージーメイド。

 お父さまは町へおいでか、
 弟妹たちは学校か、
 カテージ・メイド。
 お前はいつでも台所や裏庭や畠で仕事、
 まるでシンデレラのように
 いつも一人てせっせと働く、
 カテージ・メイド。
 それでも愚痴をこぼさずに、
 心から明るく楽しそうに、
 ほほえんだり夢みたり、
 いろいろと毎日の事を工夫したり
 ときたま亡くなったお母さまの事も考えるが
 それを思えばなおさら善くなろうという気になって、
 暗い心を取り直し、
 夢と一緒に実際にあたり、
 掃いたり、縫ったり、洗ったり、
 稲を播いたり、虫をとったり、
 お前の世界のよく働く女王さまになって、
 無くてならない大切な人になって、
 座敷でも、台所でも、
 裏庭でも、花壇でも、畠でも、
 いたるところにお前の顔を輝かせ、
 お前の頬をほてらせながら、
 やっぱり抑えがたい十七の夢でいっぱいだ。

 ああ、
 明るく、健やかなカテージ・メイド、
 はにかまない、めそめそしない、心丈夫なカテージ・メイド。  
 いつも、いつも晴ればれとしているお前を見ると、 
 人は、ついほほえんでしまう。 
 そうして人生についての今までの考えを
 もう一遍考え直してみなければならないと思う。
 カテージ・メイド、カテージ・メイド。
 お前は田舎の太陽だ、
 女というものの本当のすがただ。
 だが、少しはお休み、
 お前の額の汗をお拭き。
 そうして
 歌え、歌え、
 裏庭の井戸端で、菩提樹の涼しい蔭で、
 腰に手をあて、胸を張って、
 露ほどの曇りもないお前の十七の夢を歌え。

                  (水野実子に)

 

 

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 野薊の娘

 太陽よ、もっと私を焼いておくれ。
 雨よ、もっと私を濡らしておくれ、
 風よ、霞よ、もっと私を鍛えておくれ。
 私がもっともっと強い女になるように
 容赦なく焼いたり、濡らしたり、鍛えたりしておくれ。

 広い荒野あらのの鍛冶場にそだつ  
 私は野荊の若い娘だ。

 猛々しい野育ちの
 莞しい私を見て。
 人は心惹かれながら、
 やっぱり怖れて寄りつかない。

 晴れやかな私の眼には棘とげがある。 
 熱い心臓の脈をうつ
 高い胸にも帽がある。
 逞ましい私の手足にも棘がある。
 私のからだは、からだじゅうが
 馴れがたいするどい棘でいっぱいだ。

 よく、人が来て
 私に優しい言葉をかけ、
 私の野性を歌にうたって
 私の前に膝をつき、
 私に恋をささやくけれど、
 私は薊、薊の娘、
 棘に刺されて帰ってしまう。

 ふた親もなければ身寄りもない
 一本立ちの生娘の私、
 その私の純潔を護ってくれるのは
 人の厭やがるこの棘だ、
 あれさえ無ければと、人の惜しがる
 この棘だ、この棘だ。

 私を恋い慕って来た幾人の人が
 これに突かれて帰ったことやら。
 美しい、それから気立てのいい、
 又はおどおどしたあの人達。
 気の毒だとは思うけれど、
 また、恋しい人よと思うこともあったけれど、
 なんといってもこの棘を、
 持って生まれた親しみにくいこの棘を
 私にどうする事ができたろう、
 何より貴い私の心を、
 ほろりとしやすい弱い心を、
 護ってくれるこの棘を。

 毎日、毎日、
 燃える瞳にうつるのは、
 小石やヒースで荒れはてた
 あの永遠の地平線だ。
 私の耳に聴こえるのは
 はるかな空の鷹の声だ。
 西天にまっかな曰の沈む夕がた、
 よく絶え入るばかりに悲しくなって
 私はひとりで泣くけれど、
 優しい夜露や慈しみぶかい星が来て
 眠りの歌でゆすってくれる。
 私は子供のように寝てしまう。

 ほがらかな朝が来て、太陽が出る。
 荒野は露の薔薇いろの輝きと
 そよかぜの歌で満たされる。
 私ももう一度強くなって、
 悲しみのために鍛えられて、
 荒野の女王のように凛々しくなる。
 私はうたう、血をたぎらして、
 生長の歌、勇気の歌を、
 猛々しい声で。
 また、時には、あこがれの歌を、
 涙ぐんで。

 ああ!
 太陽よ、雨よ、風よ、霰よ、雪よ、
 私を鍛えて鍛えておくれ。
 私がもっともっと強いりっぱな女になるように、
 そして私より強くてりっぱな男が来た時に
 決して捨てられる事のないように、
 容赦なく焼いておくれ、
 濡らしておくれ、鍛えておくれ!

 広い荒野の鍛冶場にそだつ
 私は野薊の若い娘だ。

 

 

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 スコットランドの娘

 おお、私をうちくだけ、
 あなたの不信の腕で。
 おお、私を突きつらぬけ、
 あなたの憎しみの眼で。

 ボニー・ドゥーンの紫の波が
 むかし聴き惚れた言葉のように鳴って
 私を泣かす盛りの春だ。

 あなたの不信、あなたの憎しみが
 どこから来たのか私は知らぬ。
 私は愛した、私は捧げた、私は尽した、
 そしてその果てに捨てられた。

 もとより曲もない高原の娘、
 しかし燃える心はこの国の山火事よりも激しい。
 あなたはがっしりした逞しい腕を廻して
 その私に天国と野蜜の言葉を囁いた。

 ボニー・ドゥーンのまっさおな空に
 山鳩のつがいがきらきら飛んで
 私を泣かす盛りの春だ。

 あなたは忘れたか、あの教会のゆきかえりに
 二人が落とした清浄な感謝の雫を。
 私は覚えている、あなたの鋼鉄の拍車が
 あまり寄り添ったので私の足を傷つけたのを。

 年とった母御と二人暮らしのあなたの家から
 ゆうげの支度の青い煙が立ちのぼる時、
 戸ロを覗いて屈る村人は、いそいそと
 厨の赤い火影で働いている私の姿を認めたのだ。

 ボニー・ドゥーンの家々の屋根に、破風に、
 童貞の心のように清らかな月光が流れて、
 私を泣かす盛りの春だ。
 私は愛した、私は捧げた、私は尽した、
 そしてその果てに捨てられた、
 いわれも無く。

 ああ、河原の柳の皆枝を吹く
 朝風のように軽かった私の胸はどこへ行った!
 ああ、草の柴先に結ぶ露のように
 羞らいやすい私の心はどこへ行った!

 虚空にうそぶく鋭い鷹の声よ、
 足にからまる豌豆の淡紅の花よ、
 そしてお前、無量の涙を光らすボニー・ドゥーン。
 幼ななじみのお前たちの歌と涙で、
 むごたらしい胸の傷を洗っておくれ、包んでおくれ!

 私をうちくだけ、人の世の不信の腕。
 私を突きつらぬけ、人の世の憎しみの眼。
 しかし私は不死鳥フェニックスのような    
 スコットランドの高原の娘、
 一度倒れた私の屍が
 二度と起き上らないとは誰か言おう。
 崖の頂きにすっくと立って
 鏑矢のように叫ばないとは誰か言おう。

 聴け! ボニー・ドゥーンが波立って、
 秋霧の銀のつづれが峯から峯にまつわる時、
 また巣立ちした若鷲が
 吹き寄せる北海の風に舞いあがる時、
 まっくらな樅の林に響く私の歌は
 つれない男の胸を突いて
 底知れぬ女の真実に泣かせるのだ!

 

 

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 田舎娘
      (江渡佐和子さんに)

 寒気と霜に鳴りひびく冬が武蔵野に君臨して、
 昼間はぬかるみ、夜は凍結、
 梢は高く、太陽は遠く、空は割れるばかり、
 そして夕焼は低く、地平線の山脈を半透明にする。

 その武蔵野の片隅、枝から枝へ祭壇の注連しめのように   
 正午の水いろの日光に切干しを懸けつらねた疎林を過ぎて、
 私は今日も君の家を訪れる、君の父親に逢いに、
 また君自身への私の讃歎を新らしくするために。

 隅々に雪の消え残った納屋と母家の間の中庭、
 鵞鳥が徘徊し、鶏が鳴き騒ぎ、地面は霜どけ。
 その中庭で鉈を振って焚木を作る、
 まっかな腕をまるだしにした君は。

 君の打ちおろす鉈の下から
 乾き切った枯枝が火花のように飛ぶ。
 野良着に着肥った君のからだは
 今年十六の若さと健康とではち切れるばかり。

 古手拭の下からはみ出している
 葡萄の房のような君の髪の毛は埃にまみれ、
 君の吐く息は白く、力業は汗を流させ、
 君の青春は頑固な樹の瘤に打ちあててこれを打ち砕く。

 君は労働を愛する、
 無上の愛着と不惑の信仰で。
 君は畑の仕事から台所の仕事まで悦んでする、
 男たちに立ちまじり、また女らに立ちまじって。

 君は寡黙、君は誠実、
 君の動作はてきぱきとして無駄がない。
 都会の娘らの取るにたらぬ感情は君の知らぬところだ。
 君は大地のように本質的で、雫のように単純だ。

 君は正規の学校へ往かない。
 しかし、夜、一日の労働が終って
 平野の中の村々が星と霜とにかこまれる時、
 君は両親から進んだ学科の課程をうける。

 君はフランス語を学ぶ、オルガンを弾く。
 しかしそれは見せかけのためではない。
 君の剛健な大地に知識の種を播くためだ、
 君の未来の幸福により確かな光明を加えるためだ。

 君はその秀れた体力をもって男のように働く、
 また女の細心をもってその課業を勉励する。
 知らずして妙齢の美に輝きながら
 「オプレ・ド・マ・ブロンド」を歌って君は堆肥を運ぶのだ。

 こうして君の生活の太陽や季節が
 時間の確かな梭おさに織り上げられて行く間に、  
 君の健全な体躯と精神との大地に貴い花が開く、
 豊麗な愛が、母性のつぼみが!

 私は君を讃歎する、かつて君ほどの娘を見たことが無いほどに。
 私の知る世界は狭いのかも知れない。
 それならばその経験の不足をむしろ悦ぶ、
 今育ちつつある、私の知らぬ未来の善き母らのために。

 

 

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 暁を呼ぶ声

 このごろ、暁にもまだ早い午前四時ちかく、
 私は習慣のように目が醒める。
 室内には電燈の光が柔かく息をつき、
 枕もとに昨夜読みさしの書物が白いページをあけている。
 温かい夜着の襟からなかば顔を出して、
 うとうとしながら、
 快いねむりがもう一度自分を抱擁する前に
 私はなにかを待っている。
 ああ、そのなかば夢の中で私の待つもの!
 それは
 こんな寒冷な十一月の暁かけて、
 どこからともなく湧き上がる鶏の声だ。

 十分、十五分、
 薔薇の花びらに包まれている思いで、
 重たいまぶたを軽くふせて私の待つ現と夢との微妙な時間。
 数分、あるいは幾世紀、
 と、おお! 突然、
 全世界にひろがった寂寞と寒気との深い夜を貫いて、
 突き出された槍の穂先のような、
 痛惨と歓喜との結晶のような、
 一羽の鶏の敢然たるクレーロン。

 木の葉の囁きさえも落ち消えた天地の静寂、
 それを突き破って、
 ほとんど攪乱して、
 鮮血を吐くような最初の叫びをあえて上げる者の感情よ!
 ああ、その感情を誰が知る。
 信念と疑惑とに顫えを帯びた彼の声は、
 陰沈たる夜の空間に波を打たして
 限りもなく悲壮な調子にひびく。
 丘にこだまし、
 町々を縫いかけり、
 冷厳な暁まえの星ぞらに消えてゆく夜の奥底の叫喚の声。
 それは止みがたい内迫の力のために、
 勇壮と悲痛との戸口を破って躍り出た精神が、
 魂の神秘な光を閃々と発しながら、
 人の心の支柱をゆるがせ、
 命なきものに命を吹き込もうとする痛烈な叫びだ。
 聴け!
 常に最初の叫びが持つ熱情と戦慄とのその声を、
 血にまみれ、熱に輝き、
 怖れと絶望とに彩られたその声を。

 組みあわせた腕の指の下で
 私の心臓が高くなみうつ。

 ふた声、三声、
 憤然たる必死の努力、
 そしてしだいに確信の調子を帯びて来る彼のクレーロン、
 しだいに強味と弾力とを備えて来る暁の歌。
 そして、今こそ、
 野に叫ぶ第一の声に答えるかのように
 全く異った方角から別の鶏の叫びが上がる。
 一段も二段も高めた調子、
 これはまた同感と喜悦とに満ちた歌だ、
 合図に応じて起つ者の欣然たる答えだ。
 その声は凛々として四周に響く。
 ああ、これを聴きつけて再び立ち上がる最初の鶏、
 今こそ彼は同志を得た、友を得た。
 うなじを反らし翼を張って彼は歌う。
 堂々たる気魄がその号音を確信の響きに満たさしめる。
 彼らは寂寞とした夜の二つの方角からこもごも鳴きかわす、
 星ぞらを震撼し、空気を波うたせながら、
 ほとんど醒めることのない陶酔をもって鳴きかわす。

 そして聴け!
 今は我が家の背後から更に更に力強い喇叭がひびき出す。
 やがて窓の下の鶏舎からもまた別のが。
 ああ、かくてしだいに友を得てゆく彼ら、
 しだいに声を増してゆく彼らは、
 その勇壮と歓喜とのおたけびをもって縦横に暁を貫き、
 今こそ乱されることのない確信の歩調をあわせて
 世界の夜明けを促がし、押しいだす。
 何者の力も彼らの喜悦に酔った叫喊の噴出をとどめ得ない。
 潮はすでに道をさぐりあて、
 洪水となって奔溢したのだ。

 次々に起つ新たなる者を合して
 彼らの合唱は全大地に瀰漫した。
 戦慄をもって予感された未来は
 遂にさんぜんとして到着した。
 ああ、その何たる新らしい壮麗、何たる未前の偉観、
 この眩惑するばかりの曙の新世界に湧き上がる海のような讃歌、
 この轟々たる勝利の宇宙的な音楽の猛烈さは、
 暗黒の中の少数の巨人が、
 彼らの黒金の手をもって
 その歌い手の喉首をしめようとしても
 とうていその目的を果たせない程である。

 

 

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 テニスの試合

 大学の運動場で
 テニスの試合をやっている。

 コートのまわりは見物でいっばい。
 その長方形に密集した人垣の中で
 球が縦横にポンポン飛ぶ。
 四人の選手が綾にみだれて、
 堅く平らかなコートの上を、
 飛んで来る球にしたがって前進し、後退し、
 右に駆け、左に走り、
 白いラインの内側の世界に
 はげしい熱気の火花を飛ばす。

 夕暮に近い空気の爽やかさ。
 太陽はうしろの森の頂きに見える尖塔の上に
 めずらしく麗らかな一日の、
 親しみある、荘厳な顔をして、
 そのあたりの空間に金を播きちらしている。
 むこうの、東の空の薄桃いろの雲、
 またその下の遥かなはなだ色、
 見わたすかぎり天も地も、
 ひろびろとした秋の静けさ美しさに
 水のように満たされている。

 試合は刻々と熱して来る、
 両軍の選手の表情には
 しだいに決然としたものが加わって来る。
 見物の注意は
 飛びちがう球の方向と
 それに応ずる選手の稲妻のような動作の上に
 熱を帯びて集中する。
 サーヴの手堅い撃ちこみ、
 両脚を開いてあらゆる難球を受けとめようと身がまえる
 前衛の決意と確信とのまなざし。
 打てば直ちに突進し、
 又はすばやく後退する飛鳥のようなその運勤、
 球の性質を咄嵯に見てとるその俊敏な頭脳と眼と、
 腰をひねって横に払い、
 飛びあがって叩きこみ、
 或いは片足を引き、両脚を山形にふんばって、
 飛来する球を掬い打ちするその颯爽たる姿勢。
 実にそのあらゆる瞬間が白熱であり、
 あらゆる動作が男性のものである。
 尖鋭した注意が
 修練の妙味と相まって、
 見る者を驚歎せしめる技倆を現す。

 しかも当の選手には
 眼中ただ一個の輝く球があるのみだ。
 むしろ球の速度、それに与えられた廻転の方向、
 そのバウンドの方向の意識があるのみだ。
 彼ら自身球となり、ラケットとなり、
 又ラインとなって一寸の間隙もない。
 その緊張し切った体軀と神経との共同動作の美しさ、
 彼ら四人の打ちこみ打ちかえす気魄の烈しさ。
 そして軽快な球、獰猛な球、
 笑っているような球、怒ったように見える球、
 又、ばらばらに砕けて飛び散るかと思われるラケットの激烈な打撃、
 又、ヷィオリンのスタッカートのような微妙な一当て。
 一切の技術と頭脳と運動とが其処に現出するものは
 ことごとく一つの白熱した力である。
 この気醜を讃美する、
 この白熱を讃美する。
 これは単に遊戯でありながら、
 此処に捲きおこされたものはもはや遊戯ではない、

 真剣そのものである。
 ああ、真剣を讃美する、
 人間の真剣を讃美する。
 勝負のいかんではない。
 問題は真剣であることだ。
 この世のあらゆる生活において、
 芸術のあらゆる制作において、
 この真剣さの現れる時、
 それは人を動かす力の美となり一つの勇となって、
 肉迫せずには済まないと思う。

   (大正十年十月十二日東京帝国大学コートでの慶大対高師のオープントーナメント所見)

 

 


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 夜の樹々と星と私と

 星ぞらの下に樹々は悦ばしい夜の頭を上げる!

 今は季節が秋でヴェガは天頂を少し西に、
 東方の空には金に輝くカペラ、アルデバラン。
 そして地上に樹々は黒々と波を打つ。

 星と樹木にたいする並はずれた私の愛は、
 私をじっとさせては置かないで外へ連れ出す。
 私は家を出ていつもの足早な散歩をはじめる。
 すると、もう私の目には、
 一つの鮮やかな星が
 桜の枝のむこうに見える。
 私は名をいって呼びかける、
 友達のように。
 おお、お前、銀のフォーマルハウト!
 北半球と南半球との固めの鋲よ!

 木の葉が匂う、
 星さえもまた。
 愛する者には星さえ天上の匂いを感ぜしめる。
 私の頭脳はしだいに澄んで活潑になる、

 私の心は夜の中に拡がってゆく。
 ああ! 額にあたる秋風よ、
 襟を吹きめぐる秋風よ。
 お前は冬の先駆なのか。
 それなら私について来い、
 お前の冬の透徹の釘を
 もっとかっちりと私に打ちこむために。

 散歩の路は燈火と群衆とから離れて
 遠く荘厳な夜にむかう。
 ただ、秋を生き切る蟋蟀が、
 到る処で白金の糸を紡いでいるばかりである。

 私に一々名を呼ばせてくれ、
 風に輝く星々よ。
 お前たちの名の強く美しい水晶の響きが
 この静寂の世界にいかばかり高く反響することだろう。

 頭のまうえで躍り上っているお前ペガスス、
 お前アンドロメダの燦く頸飾り、
 それから島のこちらで翼を張って舞っている鷗のような
 お前たち可憐な、三角、牡羊、
 立派な腕を上げているお前英雄のペルセウス、
 その下に低く、燃える松明のように天を焼いているお前カペラ、
 また私が「追かに煙る銀の鍬形」と言ったお前昴すばる、 
 それと同じ牡牛座にようやく目をあけた
 お前血の色のアルデバラン。
 ああ、お前たち、
 私の名指すのを悦ぶお前たち、
 初めてお前たちの名と形とを知った三年前の夏の夜な夜なを
 私は今でも忘れない。

 星の名の点綴される時、
 あらゆる詩が不思議な美を持って来る。
 そしてあらゆる季節が
 その夜々を飾る魂の花園を持っている。
 けれども今度は地上、
 私のゆくては右も左も
 夜目にもはっきりそれと知られる桜の並木で満たされる。
 私は彼らの全体をそのまま愛する、
 その幹も、その枝も、その梢も、
 そして今は秋も終りのその錯落たる葉にいたるまで。
 彼らののびのびとした枝張りに、
 私は自分の心を加える。
 何という静かな力と自由とを彼らが私に教えることだろう。
 今私の往きすぎ亘頭上の枝は、
 どんなに風が好もしく、又星が優しいかを、
 そのちらちらと入り乱れた無数の動きで私に知らせる。

 私はその一本の下に立って空を見上げる。
 梢の網にかかった星が花のようだ。
 星と桜の枝とが私の心をあますところなく満たす。
 今宵の賜物はこれに尽きるように私は思う。

 風は私の散歩の路で
 猟犬のように附きしたがう。
 駆け出したり、廻ったり、
 枯葉を追ったり、垣根をがさがさ揺すったり。
 私は彼の存在をも忘れない。

 むこうでは巨人の欅けやきが星明りの中に立っている。
 私は彼の髪の毛が
 高い天で動くのをはっきりと見る。
 その彼をペルセウスが跨いでいる。
 彼に言葉をかけているのか、
 心を高める光景である。
 いま私は椎の木立の下を通る。
 その無限な微妙なさらさらいう囁きが
 私に人間世界のでない話をきかせる。
 空からの微かな光がその干万の葉の何処かの端に当って、
 無数の切子の面がきらきらする。
 そして夜の中にひろがった彼らの厚み、彼らの充実、その動きは、
 すべてそのまま私にとっては模範である。
 あらゆる芸術の目標でありながら
 われらの容易に達しがたい処を樹々は楽々とおこなっている。

 夜がひとり星と樹々と路と風との世界となる時、
 散歩する私の歩調は早さを増し、
 私の姿は彼らの中に遠くまぎれこむ。
 彼らは尽きることのない豊富さをもって私を包み、
 また何かしらを私に滲透せしめる。
 こうして何時間かの後
 天の光景はしだいに移り、
 深夜の躁宴がやがて初まろうとする時、
 町はずれの電燈のまばらな路を
 私は一人家路へと帰る。
 しかも私の帰り路、
 いずこにも私の友の一人はいる、
 星と樹のいくつかが。
 たとえばその曲り角の一本の桜、
 西天に沈もうとしているヴェガ、アルタイル、
 そして今も忠実な道づれの風が。

 星ぞらの下に樹々は悦ばしい夜の頭を上げる。
 私の散歩は彼らの世界に自分の魂を拡大することである、
 そしてその宇宙的な波うちを
 自分の心に加えることである。

 

 

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 悦 び  

 朝だ、私はそとへ出る。
 みんなお早う。
 静かな、しっとりした往来も、
 つつましやかな、露に濡れた家々も、
 ずっと向こうまで続いているりっぱな桜の樹々も、
 路の小石も、石垣も、その上の草むらも、
 けさというこんな淡紅いろの水晶の朝のために、
 みんなお早う。

 私の悦び?
 そうだ! 私は今朝、
 不思議なほど軟かな、しかし力強い悦びに
 ぴったりと抱きしめられている。
 なんともいえずぴかぴか光る、
 それでいて樅の大木のように聳え立った、
 また草の花びらや葉のようにひらひら動く、
 明るく透きとおって重味のある、
 言葉につくせぬ或るもので満たされている、
 実にいっぱいに溢れ出すほど満たされている。
 私はこれを悦びと言う。
 ああ、朝の町のそよかぜよ、
 目には見えない娘らよ、
 お前たちの長い爽かな髪の毛で
 この光り輝いた悦びの額をなぶってくれ。

 私の足はしっかりと路を踏む、
 私の目は友達のような毎日の風物に一つのこらず注がれる。
 目に触れるあらゆるものの
 なんという心置きなさ、へだてなさ。
 みんな行儀正しく整列した生徒のように
 愛らしくも私を迎えては見送る。
 だが、おや!
 お前、西の方の空に浮かんでいる琥珀いろの静かな雲、
 お前は初めての近づきらしい。
 さあお前にも私の悦びの
 真珠を一粒うけとってもらおう。

 自分の仕事に確信を持った時、
 自分の道の正しいことを知った時、
 そして自分の魂の日毎大きくなってゆくのを認めた時、
 ああ、その時、
 私は奮然と立ち上がり、また静かに涙ぐみ祈った。

 受けるにあまる幸いを私は受けた、
 この感謝から生まれ出る貴重なものを
 みんな世界に捧げてしまう。
 ひとつの悦びがあれば私はたくさんだ、
 その悦びこそ不滅だ。
 ああ、世界に対する私の愛、
 その愛をみんな私は捧げてしまう!

 けさはこういう輝く心の曙だ、
 悦びの空の、まつげも光る朝ぼらけだ。
 顔を上げ、腕を振り、胸を張って私は往く、
 何処までも、いつまでも、
 午前が来て仕事が私を呼びかえすまで。

 さあ!
 もう店を飾ってお客を待っている商人たち、
 買うものは無いが、上げるものがある、
 君たちへの私の愛だ。

 さあ! もう出掛ける勤勉な務め人や、
 若々しい、元気のいい、男や女の学生諸君、
 君たちまじめな事務員、
 また電車の運転手や車掌諸君、
 それから人力車夫や郵便集配人諸君、
 社会のあらゆる地点に立って
 よくその務めにいそしむ君たちの全体。
 私の捧げるのはこの友情だ、
 形あるものよりも貴い愛だ、
 けさ私が産んだばかりで
 まだ熱くてきらきら光っている新鮮な愛だ!

 さあ、お前たち、
 軒を並べた商店も、しもた屋も、
 人道も車道も並木も郵便箱も、
 空も太陽も雲も風も、
 ああ、朝の街の全風景よ、
 うちそろって私の愛をうけてくれ。
 そうしてもしも一粒でも残ったら、
 もしもそうだったら、その一粒は
 かわゆい自分の詩に与えよう!

 

 

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 散 歩

 鋼鉄のような北風の吹きまくる夕ぐれ、
 私と友達との散歩もまるで風だ。

 途中で折った
 まっくろな椋むくの枝を片手に 
 帽子もかぶらず、顔はまるだし、
 できるだけの早足で
 村から村へと
 私たちは田舎道を往く。

 道はこおって響きを立てる、
 氷河のような道は。
 かんかんと胸を打つ響きだ、
 額を割る風だ。
 しかし私たちは元気だ、
 冬枯はスコットランドの歌のように悲壮で真実だ。

 見わたすかぎりの武蔵野、
 人間の堅忍の気魄を
 ぎっしりと張りつめた一月の武蔵野、
 そこに燕脂えんじを掃いた心も遥かな地平線、 
 それを突きぬいたまんまろな太陽、
 そして、落日の光をかぶって
 遠く、近く、
 螢石いろの高い空の下に
 憂欝にけぶった金茶や紫のかたまりをつくる
 杉や欅や赤楊はんのきの林や立木。        
 小松菜と葱の畑はつめたい金緑に燃えている。

 田圃道から往還へ、
 往還から藪地へ.
 こんな夕ぐれの荒寥のなかを
 颯々と野を横ぎるものは私たちと風ばかり。

 そこへ往くのは誰だ、
 ほうほうたる夕閤の中を。
 それは道の角に立っている一本の柊ひいらぎ
 冬の大地の孤独な怒りだ。

 古い農家の裏手のしげみで、
 さすが夕ぐれは友恋しいのか
 まぶたをとじて忍び鳴きしている一羽の鵙もず
 今は西の空の金箔も風に剥げた。
 こんもりとした枝の奥でねむれ!

 おお、雑木林を出はずれた丘の上で
 私たちに突撃して来る風のなんという兇暴!
 髪の毛が薮のように逆さに揉まれる。
 顔も手も足もこおりきった、
 しかし私たちの心は朗らかだ。
 “Gin a body meet a baby comin’ through the rye”

 別れた人はどこへ往った、
 あの黒目あきらかな、猛々しく美しい女は。
 おお、冬のように痛烈だったあの女!
 しかし今こそ心からその幸福が祈れるのだ。

 かっちりと割れそうな黒瑪瑙の空。
 その寒流のような空気の奥で
 青く、紅く燃え出したいくつの星、
 あれが冬の宵の遠くからの歌だ。

 歩こう、歩こう、
 畑から林へ突き入り、
 林を出れば村を横ぎって。

 ああ人間の経験する或る時代の嵐のような、
 また鋼鉄のような北風の吹く夕ぐれ、
 私と友達との散歩もまるで風だ。

 

 

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 嵐の翌朝

 一晩じゅう吹きあれた大嵐、
 田舎は、猛烈な雨風と、逆巻く森や林の、
 まっくろな狂乱のなかで
 ずぶ濡れになって悲鳴をあげた。

 古い納屋の戸はひっぱがされた、
 はねつるべは薙ぎたおされた、
 フレームの苫とまも障子も吹きとばされた。 
 その嵐が海の方角へ去って、
 すらりと明けた今朝のなんという途方もない上天気。

 まるで空中に幼い風の精たちがあつまって、
 透明な銀の琴をかきならしているかと思う樹々のそよぎ。

 まるで草の茎や茎の上にたくさんの花の精たちがいて、
 ひとりひとり清らかなまぶたをあけているかと思う路ばたの花。

 空は玉のようにまろく、まっさお。
 若々しい太陽が午前のきざはしの二三段を踏んで、
 まだ片蔭の
 紫に濡れた農家の中庭に
 ゆうべの落葉が爽かな緑の点々を打っている。

 森の深みへ追いこまれて
 一晩じゅうちぢこまっていた小鳥どもが、
 村の木立という木立、庭という庭の光の中に飛び散って、
 囀り、歌い、のどを鳴らす。
 目をつぶって聴いていると、
 動物園の小鳥の小屋の
 籠の前に立っているよう。

 梢に日光の金粉をまきちらした
 樹々の美しさは言うまでもない。
 ほのぐらく涼しいその下蔭を通る路は
 美の羅馬への巡礼の路だ。
 風が歌っている、
 その合唱を、頭の上で。
 ゆるやかな曲線をたくさん持った善い路を
 後から、後から、
 学校へあつまってゆく子供たちの
 つやつやした朝の顔、賑やかな朝の声!

 こんな、蔭とひなたの朗らかな、
 申しぶんなく平和な太陽と心うれしい風との朝、
 枝や葉を洩る日光が
 地面の上に薔薇いろの唐草模様を描いている村道をあるけば、
 目は崇敬の窓となり
 足は讃歎のリズムに乗って、
 散歩の路はかぎりなく伸び、
 緑の小島のように点在する村から村へと
 時のたつのも忘れて
 どこまでもどこまでも往ってしまう。

     

 

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 冬空を讃う

 銀杏の立木の鉄の素描が
 その千百の黄金の夢をふりおとして、
 氷のような北風の息に
 敢然と身をさらし膚をあずけ、
 しかも都会の建物の
 波のかなたに手をあげて
 はるかに光る雪の山脈に合図するとき、
 十二月の冬空は、
 金鉄の冷厳と、
 鳴りひびく意志とをもって大地の上に君臨する。

 ああ、そもそもなんという痛烈な格闘が、
 なんという必死の努力が、
 襲撃する風と防禦する樹々らによってなされたことか。
 星はついえ
 東方の天が光に割れる朝まだき、
 霜をはらって襲いかかる風の急先鋒。
 また、空は氷のうなばら、
 雲の翼も影を消して
 ひとすじの茜あかねの帯が地平線をめぐる夕方、
 その地平線から湧きおこって、
 必勝の叫びもあらあらしく
 全地に殺到する風の大軍、
 樹々はたむかい、
 樹々は揉まれまたこき上げられ、
 撥ねかえしては強引に押し曲げられ、
 泣き、叫び、怒り、荒れ立ち、
 枝をはなれた哀れな葉っぱは
 小鳥のように群をなして
 きりきりと空中に舞いあがり、
 勝利の気勢におめきたけぶ風に煽られ、
 凍った大地にそのむくろを散乱させる。
 かくて、幾日幾夜、
 時をさだめぬ攻撃に
 樹々はその眷族をことごとく殺戮され、
 皮はやぶれ、肉は削られ、
 今は老いたる骨格のみの姿となって、
 悲しいまでに凛然と
 風の監視のなかに額を昂げて、
 征服の果たされた後のしんかんたる冬空に向っている。

 おお惨として黙する冬空、
 冷厳な金鉄の意志をもって
 大地の一切を統べる冬空。
 理想という理想を踏みにじり、
 夢という夢を落ち枯れさせ、
 現実の透明な青空を高らかに張りつめ、
 謙虚な雲を飛ばし、
 うるわしい夕ばえを低く掃き上げ、
 夜はまた緊密な星座の網をかけつらねて
 魂にしみる反省の風を吹きおくり、
 人の眼を理性の地平線にむけて凝視せしめ、
 あらゆる虚偽を看破し、
 あらゆる虚飾を粉砕し、
 すべての光彩を結晶させ、
 すべての感覚から情趣をうばい、
 かくて或る日
 突如として
 音なき雷霆のような洗礼の雪を落下せしめる冬空。

 そして今こそ、私は、
 生涯の最初の経験として
 この冬空を讃えることができるのだ。  
 私の目が 
 あの薔薇いろの夢の仮象を引裂いて以来、
 そしてその仮象のかなたに
 厳として立つ運命の大陸の一角を眺めて以来、
 もはや臆することを知らず胸を打って
 この冬空を讃えることができるのだ。
 かくて私はこう叫ぶ。
 「私の目よ、口よ、腕よ、手よ足よ!
 また新らしい生命に脈うつ心臓と全体軀よ!
 お前たちの歓喜、お前たちの飛躍は今こそ自由だ、
 かつてまよわしであったもの、
 そしてかつて束縛であったもののすべては
 今こそ響きを立てて身のまわりに落ちこわれた。
 行け! 私のすべて、
 歌い、輝き、走り、躍れ!」と。

 

 

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 雨後の往来

 にわか雨のとおりすぎた春のゆうがた、
 いかにも、今かえって来て
 再び見るふるさとのような町の風景。

 ほのかにしめった往来は
 掃き清められたようにひろびろとし、
 家々の列、ゆりの木の並木、       
 瓦斯燈、電柱、郵便函、
 その他あらゆるものがことごとくそのところを得、
 爽やかな微風そこここに生まれ、
 西の空には清らかに目醒めた宵の明星、
 東の空は水を打ったロベリヤの草むら、
 ともしびは新らしく光りそめ、
 人々の歩みはかろく、いそいそと、
 清新な空気いたるところに満ち、
 身は水中の魚のようにのびのびと自在に、
 心は信頼と愛と寛容とにみたされ、
 いつともなく
 無限なものの気息に胸を一ぱいにして、
 生きている事のこの恩寵に涙ぐみ、
 星々の瞬きがつぎつぎに増して夜に入るまで
 ついに恍惚として同じところに立ちつくしてしまう。

 

 

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 スイート・ピー

 コップに一ぱいのスイート・ピー、
 枝のままのスイート・ピー、
 今を盛りのスイート・ピーが机の上に。

 昼間から引きつづいての仕事に疲れ、
 夜更けて私がくつろぐ時、
 ここに密集する幾十の花、
 いずこからか飛び来って群がる春の小鳥のように、
 或いは淡紅うすべに、或いは藤いろ、或いは白い翼を上げ、 
 また翼を伏せて枝先に棲まる。

 茎はうす緑、腱のように強靭、
 霊妙な線をうねらせて器のそとに湧きおこり、
 葉を舞わせ、花をまつわらせ、
 からみ、ほぐれ、くぐり、つきぬけ、
 気まぐれ気ままの限りをつくして、しかも整然。
 花は優美に、可憐な蝶形、
 芳香を放ってしかも驕らず、
 おのずから天然の単純と美質とを保ち、
 狭い室内にとざされて田園の空と日光とを歌い、
 恨まず、悔いず、憧れず、
 明るく、強く、朗らかに、
 水を吸ってよく生々せいせい。  

 朝、仕事の机にむかう時、
 再び目にうつるのは窓際のこの花。
 かくも可憐に、かくもすこやかなこの花を見て、
 私は大空の下なる彼らの同族を思う。
 誰かこの花を心して見たか。
 誰かこの花を感じたか。
 実に千万の目が見て千万の目が忘れた。
 私といえどもそれであった。
 しかし
 今こそ私は彼らを感ずる、
 コップの中の根無き彼らを、
 あたかも根有って生けるがように、
 枝を伸ばし、葉をつけ、花を舞わせ、
 日の下にあって咲きあふれ、
 八方無礙むげの風に輝き、    
 大地にはびこって生けるがように、
 さながら!

 

 

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 芝 生

 六月の太陽は午後五時の高みにかかり、
 小径につづく小径には爽やかな陰があつまり、
 地は昼間のぬくもりを保って温く、柔かく、
 樹々のしげみは傾いた日の逆光を浴びて海底の藻のように輝き、
 透明な緑の底は気力に満ち
 健やかな酸素に満ち、
 ふかい静寂の漂うなか、梢の葉はかすかな風にうごき、
 隠れては又現れるコバルトの空に
 一ひらの雲がある。
 この時、
 小径のかなた、
 遮るものなく横ざまにそそぐ日光の中に
 芝生は金緑の池をたたえる。

 まわりは柳といちょうの列、
 芝生は一めんにつやつやした緑のビロード、
 日光はその煙る絨毛にあたって鮮麗な金色をひろげ、
 ほのかに紫の陰はうたう。
 芝生はさながら生物いきものの皮膚、  
 その呼吸は、まろく、大きく、
 その滑らかな毛並は光を吸ってあたたかく、
 複雑な光耀は純化されて微妙な味わいとなり、
 牧歌のごとく優しく、
 静穏な湖水のごとく平らかに、
 しかもここに生き、ここに呼吸し、
 ここに横たわって生気をみなぎらす。

 五六人の、
 それもまだ小さい子供らが
 彼らの頭よりも大きくはない犬の子を抱いて芝生に来る。
 今、芝生は彼らの友だ、
 芝生は彼らを迎えてその小さな腫と軽いからだとを悦ぶ。
 子供らは明るく四方に散る。
 この金緑の水に乗って
 その弾力にはずんでいるようだ。
 芝生は広く、彼らは小さい。
 その小ささは花の小ささだ。
 その可憐さは花の可憐さだ。

 女の子もいる、男の子もいる。
 彼らの間を駆けまわっている犬の子は泳いでいるよう。
 走り、ころがり、跳ね、よろこび、
 頭と背中と短かい尾とが、
 見えて来ては又かくれる。
 芝生は人知れず彼を愛撫し、
 彼はまた芝生に甘える。
 彼らは心ゆくばかり遊び戯れながら、
 この初夏の暮近い清新な空気から
 最も大いなる母の乳房の濃く甘い乳を吸っているのだ。
 この普遍な母の目前では
 人の子と犬の子とに差別はない。
 みな一様にたのしく、一様に親切に、
 幼い心はその幼さを一つにしてここに嬉戯する。
 風に吹かれ、日に照らされ、
 手を振り袂をひるがえし、
 声をはなち、
 名を呼びあい、
 草に沈んでは又浮かび、
 倦み疲れることを知らず、
 瑠璃いろの天の下、豪奢な芝生の中、
 ついに輝ききって星とまがうまで。

 

 

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 朝

 夏の朝だ。台所は今洗い物の済んだところで
 拭きこまれた板の間は漆のように底ひかり、
 銅あかの竃には釜がかかり、  
 絞った布巾は布巾掛けに、
 皿小鉢は蝿帳に、
 爼も庖丁も皆それぞれの位置にもどり、
 今まで忙しい音を立てていた水道もぴったりと沈黙して、
 一切が整然とした日本風の台所、
 荒神様にはまだ燈明がともりながら、
 引窓と外から流れこむ光線は
 六月の朝の爽やかな青味を帯びている。

 片隅だけ見える裏庭には
 コスモスが一尺の高さに伸び、
 背たけの高い立葵に朝の日が射して
 淡紫の花がまるい目をあけている。

 裏庭は明るく静か、
 台所はひっそりと涼しい。
 今、茶の間の時計が九時を打った。
 女中らは座敷の掃除に往ったのか。

 この人気もない閑寂のなかで
 どこから来たのか
 流しもとへこっそり現れた弁慶蟹。

 茜あかねいろのほおずき弁慶、   
 いかめしい甲羅に琥珀の両眼は短かい鍬形、
 二本の業物わざもの、大きすぎるほどの爪を掻いこみ、  
 毛むくじゃらな脚をふんばって
 武者ぶり勇ましいその形相、
 だが、どこやら臆病らしい足の運びの弁慶蟹が、
 拭き上げた敷居をうしろの横あるき。

 すがすがしい裏庭から
 餌物をあさりに忍んで来たのか、
 蟹は流しを半分わたって
 音も立てずに気をくばる。
 恐ろしいものは何もないが
 妙にしんかんとした未知の国、
 ただ、冒険の気持そのものが
 楽しくもあれば無気味でもある。
 蟹はまた一歩を進める。
 二歩、三歩、枚ばいをふくんでじりじりと進む、 
 何かの力にあやつられているように
 だんだん奥へと深入りする。

 突然ひびく大声の「こんにちは……」
 威勢のいい魚屋の御用聴き。
 静寂が破られる、
 六月の朝の空気がぐらりと揺れる。
 蟹はいつのまにか姿を消した、
 あの臆病な野武士の蟹。
 裏庭ではしっとり立葵が咲いている。

                (少年時の回想)

 

 

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 ボン・ボック

 ボン・ボック! 
 七月がやって来た。
 太陽のとどろく炎天の大地へ、
 水いろ絹ぎぬの天空の風が 
 斜めにひるがえる七月が来た。
 木蔭に籐の卓を据えろ、
 ビールの一盞を傾けよう。
 ヴォートル・サンテ! 

 ボン・ボック!
 竹垣の外は暗いしげみ、  
 生い育つ樹は珊瑚樹、ゆずりは、
 あの純然たるラテンの精神
 わがニコラス・プッサンの整々たる木立だ。
 風がくぐって足を撫でる。
 ヴォートル・サンテ!

 ボン・ボック!
 葉蔭を洩れる日光は虎の敷皮、
 たいさんぼくの落葉が点々として
 まるで鷹の羽を散らしたようだ。
 梢の上の空を仰げ。
 あれさえあれば我らは気強い、
 あの素晴らしい鏡のような青天井が。
 ヴォートル・サンテ!

 ボン・ボック!
 なんという暑熱の夏、何という我らの頑健。
 あの杳々と飛びゆく雲や、
 あの咲きさかる燦爛の花や、
 炎々と吹きつける日光の猛火の中で
 玲瓏の涼しさを縦横せしめるあの木立や、
 また嵐のように唸りを立てる千万の蟲の群。
 ああ夏は彼らによって栄える、燃える。
 我らの健康もまたこの夏によっていよいよ盛んだ。
 さあ、もう一盞重ねよう!
 ヴォートル・サンテ!

 

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 田舎の夕暮

 水際においしげった赤楊はんのきには   
 野葡萄の青い蔓や葉がからみ、
 どくだみの白い花と
 露草の浅黄の花の咲いた草むらの裾を濡らして
 小川がきょうも鳴っている、
 ゆるやかな、底ぢからのあるヴィオロンセロの音で。
 田舎の夕暮の
 美しい空、美しい雲ですね。

 村の質朴な学校は
 もうとっくに授業が終って、
 青葉につつまれた遅動場には
 小さな木馬が隅のほうでおとなしく、
 三本の背の高いポプラが無数の葉をそよがせている。
 その涼しい校庭で、宿直の先生が
 年よりの小使さんと何か話して笑っている。
 もうじき暑中休暇の来る楽しい七月の、
 美しい空、美しい雲ですね。

 麦打ちの済んだあとの、
 金いろの麦の穂が散らばった農家の庭で、
 若い百姓の女たちが莚をかたづけたり、
 からだをはたいたりしている。
 健康な生き生きした眼、太い腕。
 黒くすすけた母家の台所から
 竃の煙が青あおと立ちのぼる。
 暑い一日の熱心な労働がねぎらわれる時の、
 美しい空、美しい雲ですね。

 この田舎にひろがっている
 神聖な平和をたたえましょう。
 万物が、今更に神の栄光を感じているような、
 この粛然たる、しかも伸び伸びとした
 静けさと安けさとに浸かりましょう。
 まるであのベートーフェンの
 パストーラル・シンフォニーのアダージヨのように、
 二人の静かな心にふさわしい時ですね。
 そして、考えてみれば
 私たちの七月がまた来たのですね、
 かずかずの思い出に満ちた七月が。

 お互いに精励して、正しいりっぱな者になりましょう。
 ごらんなさい、頭の上を、あの高いところを。
 私たちの魂の欲しいとあこがれているものを残らず与えてくれるような
 七月の夕暮の
 美しい空、美しい雲ですね。


                     (水野実子に)

 

 

 

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 蟬

 二つの高台に挾まれた谷間の町には
 朝早くから日蔭と日向とができ、
 うねうねと帯のような往来の片端や、高低さまざまの家並や、
 その屋根や塀や切妻や、
 裏庭や、木立や、葡萄棚の下の鶏舎などが、
 金いろに光ったり、紫の陰に安らったりしている。
 ちょうどその頃、蟬捕りの子供たちが
 黐もちのついた長い竹竿を手に提げて、 
 狭い往来や坂道を右往左往する。

 蟬の声は
 木立の多い朝の静かな町なかにいっぱいだ。
 みんみん蝉、油蝉、つくつく法師、
 彼らは夜明けから一匹一匹と歌いはじめて、
 朝顔の咲いた涼しい庭で
 鶏がときをつくる七八時ごろ、
 もうその金属的な声で空間をみたす、
 太くまっすぐな欅の幹や
 楠の暗い群葉の茂みから、
 あのすきとおるような歌や壮快なしらべで。

 むこうの丘は彼らの合唱に揺るぎ出すかと思われる。
 こちらの丘でもしだいに揃って来る高いピッチ。
 それが、あの谷川のようにうねりくねった町の上で
 濠々と合体して天を衝く。
 このすさまじい、しかも燦爛たる音響的効果は、
 来たるべき作曲家に何か貴重な暗示を与えはしないか。
 この、秋も間近かな八月の、
 日光、青ぞら、雲、樹木、微風などの魅力と共に。

 蟬の歌は夏の歌だ。
 君が真昼のうたたねに陥るとき、
 窓のまえの梢に来て
 張り切った白金の糸をすり合わす者は蟬だ。
 彼の歌は
 地上の炎夏を布告しながら、又玲瓏たる雲の上の秋にまで達する。
 生活のもっとも熾烈な瞬間を高調しながら、
 その裏にひろがる季節の悲哀をひるがえす。

 蟬の歌は透徹する者の歌だ、
 自我の炎上に燃え狂って
 瞬刻の生命いのちに奔騰する者の歌だ。

 しかし、夏も老い、九月も更けて、
 天の極みから水晶の風吹きおろす頃ともなれば、
 杳として彼らは姿を消す。
 しかも彼らの歌の悲壮な響きは、
 これを感じた者の耳に残って永く離れまい、
 あたかも空間を無尽に縫って
 やがて四散した音楽のように、
 また青空にひるがえって
 ふと消え失せたまぼろしの旗のように。

 

 

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 胸の松明

 この燃える胸を誰に遣ろう。
 人にか、否!
 新らしく燃え立った私の胸の松明たいまつは  
 かくも熾んで、かくも烈しい。
 これを貰うほどの人はみな焦げる。
 ああ! 燃え立つ炎を誰にか与える、
 こんなにも熾烈な私の胸の松明を。

 烈々たる愛と希求の松明をかざして
 私は八月のまっぴるまの野中に立つ。
 正午の深淵にとろけた野に立って
 とおい青空を私は見る。
 日本の澄みわたった青空には、
 もう、高く高く秋の翼が飛んでいる。
 烈々たる愛と希求の松明をかざして、
 私は八月の青空のもっとも遠いところを凝視する。

 炎熱にちぢれた柔かい葉の上で
 向日葵ひまわりの大輪が重く傾いている。  
 濃い金茶の葉から抽き出して
 カンナがまっかに輝いている。
 透明なコバルトいろの揚羽が夏の精霊のように飛ぶ。
 大地も、樹々も、草も、虫も、
 太陽と炎熱とに熔岩ラヷとなってとろけている。 
 私の胸も燃えている、
 まっぴるまの白光の中で燃えさかっている。

 ああ! 今日という日の抱くに堪えぬ松明を
 私も君たちに加えよう。
 この燃えさかる熾んな炎を、
 赫耀たる君たちの光焔と合体しよう、
 私たちの心の夏の一切をかき集めて。

 燃えよ、燃えよ、花壇の花、
 緑の草木、きらめく路。
 燃えよ、燃えよ、私の胸、
 烈々たる愛と希求の胸の松明。
 この八月の正午こそ
 私たち燃える炎の墓場である。

 愛とは何だ。
 ここに燃え、ここに灰となりながら、
 再び千年を生きる不死鳥である。
 熱情の高熱に溶かされて、
 その灰の中から輝きいずる金剛石の一顆である。

 燃えよ、燃えよ、
 私の胸の巨大な松明。
 この夏の一切と共に燃えつくせ!
 ああ、日本の澄みわたった青空には
 もう、高く高く秋の翼が飛んでいる。
 うず高い灰の底に埋もれた金剛石が
 ある夜きらきらと飛び立って、
 そこに一つの永遠をちりばめるべきあの空だ。
 燃えよ、灰となれ、私の胸の愛の松明!

 

 

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 小 景

 雑草の伸びてかぶさった
 赤土の深い断崖きりぎしの下を、  
 ひそやかな川が流れている。
 まるで、動いているとは思われない水に、
 たそがれの鈍い銀のひかりが沈んでいる。

 風が吹く。
 海の波のように、草の葉が果てから果てへと裏がえる。
 高い対岸の木立の上は、
 空が、遠い、はるかな海を思わせる。

 対岸の半腹をけずり取って
 そこを線路が走っている。
 まっくろな、骨骼のような木の枝の間から、
 シグナルの青い明りが
 旅に立つ心のように、楽しくまた寂しい。

 突然、しゅうという摩擦の音がする、
 つづいて一条の白い光線が
 一文宇に走って来る。―― ヘッドライト。
 郊外電車だ。
 花のように電燈をつけた連結電車だ。
 燐の火花を闇に散らして
 疾走する夜のヴェランダ。

 対岸は急に陽気になる、
 劇場の舞台のように、花やかに又愉快になる。
 川の水が生き返ったようにきらきら躍る。
 堅固な、頼もしい、しっかりした二拍子の拍節が、
 鉄の線路と鉄の車輪のあいだから起こる。
 この明るさと、この響きと、
 立派だ、豪壮だ、厳かでさえある。
 車室の中の人の顔がよく見える。
 一人一人の姿勢、その特質まで目に見えるようだ。
 人ごとながら
 何となく、喜びたい、笑いたいような気持になる。

 賑やかな、花のような夜の電車は
 後部の赤い光を、今度は見せて、
 ゆるやかな弧線をえがいて、
 むこうの堀割のかげへ隠れてしまう。
 あとは急にまっくら。
 無言劇の終ったような暗い対岸の空に、
 蠋座さそりざのアンタレスが    
 その血紅石を輝かせている。

 

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 窓から

 いま太陽が沈んだばかりで、
 西から起こって八方に湧き上がる空は
 アテナの神の織物のようだ。
 雲はまるで無い。
 真紅から藍にいたるまでの
 深い、澄み切ったプリズマ的な光彩が
 すずしく、明るく、静けさをこめて、
 九月おわりの凪ぎわたった天空を
 隙間もなく張りつめている。
 空気は
 昼間のとはまるで別物のように生き生きとして
 健康な酸素に充ちて流動している。
 それがあまり濃くしっかりしているので、
 切ればそのまま切り取れそうに思われる。
 この海のような天空の下、
 この透明純粋な空気の中で、
 窓の四角に納まるかぎりの風景が、
 一点の瑕瑾もない完全さで 
 この二百号大の画布を隅々までも埋めている。
 その頂きがもう秋の色をした
 立派な大木に覆われつくしたむこうの丘、
 その下から動き出して
 左手の、低く、平らかな、広い方へと、
 ゆるやかに拡がってゆく町の家々、
 点々と立つ爽快な木々と、
 幾条のうねった帯のような道との隙間を充たして
 ぎっちり詰まった幾千の家々。
 そこから立ちのぼる人間生活の熱気は
 この夕暮の天上的な清らかさに溶けこんでしまうので、
 彼らの内に脈動している混濁をきわめた感情の波が
 いつの間にか平和の空気に飽和してしまう程だ。
 都会をその一部とした遠望の風景が、
 いつでもわれわれを悦ばせるのはこれだ。
 また、もう一度、窓から近く、
 そこには目の下に昼顔や葛くずのからまった崖の草むらがあり、 
 ちょうど西の空からの光線をまともに受けて、
 金緑色にかがやく気力に満ちた塊まりのところどころに、
 紫がかった紅や、水いろや、淡紅の花が、
 脊沢な織物の上にこぼれた宝石のようだ。
 窓の前には二本の櫨はじの立木がある。 
 翼についた一枚一枚の羽根のような強い葉が
 もうすっかりかたまって、
 むしろ九月の末ではかたまり過ぎて、
 あの嬉しい紅葉の仕事を始めている。
 濃い青に黄がにじみ、
 それがひろがって本当の黄いろになり、
 その黄いろに赤がにじみ、
 赤の斑点が星のように増し、
 そして今度は本当の赤となる。
 この微妙な沈黙の移り変りの各瞬間が
 窓の前の二本の櫨にことごとく現われている。
 それがまるで
 目の前に懸けられた錦のようだ。
 その上、光の糸がこれを縫う、
 無数に、細く、こまやかに。
 じつに生き生きしていて、じつに本当だ。
 雨や晴天の毎日、
 ここへ立って彼らの色の変化を見ることを私は悦ぶ。
 また、あの草むらの上四尺ばかりの処で、
 不思議にも特別にはっきりした空間で、  
 一群の蚊が糸玉のように廻転している。
 まるで螺旋状星雲のように、
 透明で、ちらちら光って、濃密で、
 ほぐれたり、はみ出したり、縮まったり、
 絹糸のようなしなやかさと強さとをもって、
 上ったり、下ったり、沸騰し、動揺し、
 噴水へ乗った玉のように、
 その一つ一つがあまり微細なので音も立てず、
 疲れる様子もなく、いつまでもいつまでも
 その不思議な熱情的な廻転をくりかえしている。

 

 

 

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 雨

 雨は、ぼうぼうと降る、
 緑と枯葉の十月の庭に。
 ぼうぼうと、雨は降る、
 波打つ畠や、黒ずんだ森や、
 農家の藁葺屋根をうずめつくして。

 村道に沿って流れるちいさな流れは
 この長雨に水嵩を増し、
 野菜畠や竹林のあいだに
 安らかな家々の散らばる村のいたるところで
 どこか力のあるその呟きを洩らしている。

 農家の子供が
 笊にいっぱいの里芋を流れの岸で洗っている。
 水は道に溢れ出そうだ。
 水は雨の脚に吸い上げられているように見える、
 曲り角でぐるぐる渦をまく水は、
 板をわたした単純な橋の袂で
 おいかぶさった螢草や虎杖いたどりの花を揺さぶりながら流れる水は。 

 ぼうぼうと、雨は降る。
 蜘蛛の糸のように細くて力づよい十月の雨。
 若い娘が昼餉ひるげの支度をしている厨の前で  
 鶏舎をはなれた鶏が二羽
 濡れしょぼたれた姿をして、
 まだ働きに出ている蟻を見つけてはそれをついばむ。
 井戸端の
 幾抱えもあるような萩の薮はどっぷり濡れて、
 細かな淡紅の花を井戸の流しに散らしている。

 硝子戸をあけた厨からは
 料理の香ばしい匂いが雨の中へ流れ出す。
 ここでは雨も家庭的だ。
 パチパチ跳ねる炭火の音、
 ジュージューいう焼肉のかおり。
 健康な食欲が雨と競って時は正午だ。
 焼けろ、焼けろ、肉のきれ、
 枯葉の色に、鹿の子色に。
 煮えろ、煮えろ、鍋の物、
 熱く、ぐらぐらと、湯気を立てて。

 ぼうぼうと、雨は降る、
 すこし休んでは又降る雨。
 陸稲おかぼの畠では鳥おどしが佗びしく動き、
 どこかで鳴いている微かな蟋蟀こおろぎ。  
 椋鳥の一と群がぱっと輪を描いて
 高い拝から柿の木へ移る。
 木から木へ、
 藪から藪へと、
 ひとしきり忙しく飛び廻っていた椋鳥の群は、
 やがてむこうの村へと行ってしまう。

 それでも雨は降る、
 ぼうぼうと雨は降る、
 緑と枯葉の十月の庭に
 いつ上がるとも知れない雨が、
 波打つ畠や、黒ずんだ森や、
 農家の藁屋根をうずめつくして、
 ぼうぼうと、村々をこめて、
 夜よるになるまで。   

  

 

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 友だちが帰ったあと

 友だちが帰ったあと、
 とりちらした書物や茶器をかたづけ、
 灰皿の吸殼を捨て、机の上をおしぬぐい、
 ようやくおのれひとりの世界にくつろぐ時、

 秋の金茶の太陽がおもわぬまに沈み、
 谷のむこうの輝いた森が
 ゆうぐれの青灰色に錆びてゆく時、

 頬白も去り、目白も去り、雀も巣に帰り、
 今宵の場所を探そうと重たい翼に音もなく
 ふくろうが赤い木の葉を散らす時、

 花の蕾みのひらくように電燈がつき、
 室内のものみなが光を浴び、
 更紗の窓掛にやわらかな陰のまとう時、

 巻煙草を打って灰をおとし、
 気に入りの懸崖の菊をながめながら
 あす咲くべき偕をかぞえる時、

 そして空には星がちらちらと光りそめ、
 終りの蟋蟀が窓のちかくで鳴きはじめ、
 谷にみちる淡青い夜霧を月光が柔かに包む時、

 おのれにかかわるかずかずの人の上を思い、
 すきとおらんばかりの愛に心みたされ、
 悲しみに似た静かな悦びにひたる時、

 ああ、かかる時、
 人の心の悦びの星となるべき仕事を思う。
 なつかしい人生のために我が果たすべき仕事を思う。

 

 

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 雲と落日

 今、太陽が沈むところで、
 西の空は真紅の金と紫との雲の荒海だ。
 あの幾十里という広袤を貫いて
 かなりの風が荒れ狂っているらしい。
 燃えかがやいた巨大な雲が
 どれもこれも猛烈に渦巻いている。
 炭坑のように真黒な雲、
 飛沫を上げてたてがみのように靡いている雲、
 逆落しに捲きおとして燦々と砕ける雲、
 濃密な息もつまるばかりの層になって
 圧迫的にのしかかる上の方の雲、
 ひとつとして弱いのはなく、
 優しいのや、にこにこしたのはひとつもない。
 腕っぷしの強い、えりぬきの荒くれたやつが、
 筋骨をぶつけ合って格闘している。
 まるでもっとも兇猛な敵と敵との肉弾戦だ。
 ああ、その中で爛々と輝く巨大な太陽、
 瞬きひとつしないで
 この恐ろしい乱闘に君臨している太陽、
 威風に満ちて堂々と西方の半球へ沈んでゆく荘厳な落日。
 全世界の壮烈な讃歌が、今、
 この万軍のエホバの前に沸き立たねばならない。

 

 

 

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 四十雀

 秋の透明な空気に乗って
 どこから飛んで来たのか一羽の四十雀、
 それが窓の前の
 昼過ぎの日光に照らされた枝に来て囀っている。
 チーチーチー・チーチーチーチク・チー、
 チーチー、チュクチュクチュク。

 頭の黒い、頬の白い、
 綺麗な、ほっそりした、可憐な小鳥。
 大人か子供か、雄か雌か、
 それは解らないが清らかな声で、
 ちいさい嘴をできるだけあけて、
 豊麗な景色の前景で囀っている。
 とても無関心ではすまされないその声とその姿。
 こんな広大な空間に、
 こんな小さなからだを托して、
 屈託もなければ疑念もなく、
 自由に、のびのびと歌っている。
 その形、その声の申しぶんもない完全さ。
 この世の自然はこういう完全なものでうずまっているのだ。
 だから心をきれいに持って
 こういう恵みを悦び享けよう、
 苦情を言うのはこっちが悪い。
 チーチーチー、チーチクチー。
 四十雀はきらきら光って飛んでいった、
 むこうの森へ
 横から流れる洪水のような日光を渡って―― 

 やがて遠くから彼の歌がきこえて来た。
 空はまっさおで、
 春のような軟かな雲がいくつもいくつも浮かんでいる。

 

 

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 薮鶯

 そしてこんどは薮鶯だ。
 四十雀が飛び去ると
 いれかわりに来た薮鶯。
 チュッ、チュッ、チュッ、チュッ。
 四十雀よりも少し精悍で、山家育ちの奴だ。
 頭の小さい、嘴の鋭い、煤けた鶯茶のきびきびしたからだ、
 腱ばかりのような奴。
 それが崖下の藤のからまった桜の木へ来た。
 チュッ、チュッ、チュッ、チュッ。
 私が身動きもしないで見ていると、
 この荒っぽい落ちつきのない奴は
 ひと声ひと声に枝うつりをしながら、
 蜘蛛の巣を突き破ったり、
 枯葉を落したりして上の方へ上って来る。
 今、目の前の檜へ来た。
 チュッ、チュッ、チュッ。
 都馴れないのか
 生れつきなのか、
 ちっともじっとしていないで、
 枝の皮をつっついたり、
 嘴をこすりつけたり、
 右に向き、
 左に向き、
 チュッ、チュッ、チュッ、
 だんだん檜の枝を上へ上へとあがってゆく。
 その速さ、目まぐるしさ、
 一分もたたない内に、
 突き剌すような鳴き方をしながら
 一本の檜をのぼり切って、
 抜けるように出てしまった。

 

 

 

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 生 活

 窓をすっかりあけはなして、
 秋の昼過ぎの日光にひたった
 私の絶美な緑の谷や、
 軟らかな五月の花びらのような雲のうかぶ
 ひろびろとした青ぞらの海を眺めながら、
 また窓の前の木立に来て鴫く小鳥らの
 珠を打ちあわすような囀りを聴きながら、
 この明るい平安の中で仕事をしていると、
 限りない幸福に恵まれて生きている気がする。
 幸いが私を包んで満ちこぼれ、
 こんこんと尽きせぬ平和の光が
 緻密な光耀の網のなかに
 私を立たせてほほえんでいる。
 ああ!
 うるわしい象徴の言葉に満ちた自然は、
 また人の世の現実の種々相は、
 その無量の壮麗をもって私をうつ。
 私の目よ、私の耳よ、私の心臓よ、
 これを見、これを聴き、そしてこれを感じながら、
 この同じ生活を幾千たび繰り返そうともお前たちは飽きまい。
 ああ、常に千万の美と真とに織り深められた大地の上、
 絶対の崇敬をここに置いて生活する人間の、
 愛から現れて愛に没するひとつの仕事を
 私はこよなくも尊びまた信仰する者だ。

  

 

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 新らしい季節

 きのう一日を吹きまくった風のあと、
 そよともしないきょうの静けさ。
 散るべき葉はみな散った。
 欅けやきは坊主、桜も坊主。  
 錦繍の秋はかけぎぬを落として、
 簡素な冬がやって来た。
 しんかんとした窓の眺望、
 小鳥の歌も遠のいた。

 新らしく来て
 落ちつく場所を探しているような、
 見すぼらしい雲の彷徨。
 老いたる太陽は
 水をしたたらす釣瓶のように、
 薄雲ににじんで午後の天へ。
 梢に触れる弱い銀いろ。
 このひと冬を越すべき小枝の、
 葉をふるってほぞをかためたけなげな腕組。

 されば、
 私も部屋の模様を変え、
 冬の支度をととのえて、
 心のうちそとを温かくし、
 新らしい季節の歌に備えねばならない。
 鏗然こうぜんたる詩句の音綴を   
 この冬のように響かせねばならない。
 ああ、日本の美しい暦、
 斉々と割りふられて
 つゆ誤りのない我が国の暦、
 その暦をゆたかに飾る私の詩。
 いつも健全でいつも熱烈、
 ともすれば明らかさを失おうとする人の心を
 真と美との悦ばしい言葉で
 引きもどし高める新らしい詩、
 そのさんぜんたる暦の詩を編まねばならない。

    

 

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 帰り道

 爼まないたや笊ざるや十能や   
 歳の暮の買物を両手に下げて、
 私が村の道を帰って来る時、
 人のいい百姓の若いおかみさんは
 正月の支度の赤いてがらもしおらしく、
 うつむいてほほえみながら道をゆずり、
 道ばたの金いろの枯草の中に
 目白のおとり寵をすえて
 息をころしている村の子供も、
 まるい目をあげて不思議そうに私を見る。
 そんな人々に好意を感じながら
 新らしい我が家へ帰る道すがら、
 私の通る並木の楢ならの梢では  
 じょうびたきが鳴き、四十雀が鳴き、
 萱や笹薮の下を小川が流れ、
 欅けやきはいたるところで空を刺し、 
 空はまっさお、
 太陽は午後三時、
 やわらかい畑の黒土には
 麦や唐菜の緑の列。
 そして樫の垣根のうす暗い
 村の旧家の横手をまがって
 日光を浴びた道に出れば、
 畑のむこうに見える小さな我が家、
 青ぞらの下に灰いろの屋根の輝く我が家。
 十二月の風景には風があり、
 樹木の姿はシェイクスピアの「冬物語」のようになつかしく、
 心は静かな悦びと愛着とにみたされ、  
 希望は厩のなかの藁の芽のように輝き、 
 明るく強く正しい生活に対する決意は
 いまさらに胸に湧き、
 この世に生きることの悦びと意義とをはっきりと感じて、
 われ知らず声を上げて何ものかを讃美しようとする。

 

 

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 冬の田舎

 そこらじゅうに散りこぼれて
 冬の無量な珍貴なものが、
 なんでもない事のように
 路傍や空間をりっぱにしている。
 一足そとへ出ると、
 こんな美の画廊や、
 こんな力の大広間へ、
 どうして早く来なかったかと
 自分で自分が怪まれるほどだ。
 よく井戸端へ水汲みに行って
 そのちょっとした暇にさえ、
 ポンプの柄を握ったまま
 青玉のような空の下で恍惚としてしまう。
 太陽を浴びたり雲の影につかったりしながら
 優しい村の景色をながめていると、
 生きている事とその詩とが
 新らしい光輝に満ちた生活となって、
 幸福の意識で私をみたす。
 つやつやした青灰色の冬の枝、
 氷ってもぬかっても親しみぶかい道や畦、
 あんな元気のいい小川の娘、
 あんな温雅な雲の奥さま、
 そして朝から晩方まで
 惜しげもなく照らす太陽や、
 光った腕をひらめかす自由の風。
 曇りなき心の目さえ開けば、
 ちょうどチルチルが
 ダイヤモンドのピンを廻したように、
 平気で見て来た世界が素晴らしいものになる。
 いちばん簡素で枯淡な季節が
 その神秘の幕を切り落として
 燦然と目の前に押しよせて来る。

 

 

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 欅に寄す

 電燈がほのかに花咲いて
 しだいに永くなった昼間がまだ去らない時、
 小松菜の畠を前にした私の窓のむこうに
 のびのびと伸び育って空間に放射するもの、
 深く高らかな天に散って金茶にかがやくもの、
 それを凝視すれば波立つ心さえはるばると澄みわたって
 尊厳と悠久と
 述べるにすべもない愛の思いとに高められるもの、
 ああそれは、西方のスロープの
 紫の森蔭にしずむ夕日を浴びて、
 氷のような清くつめたい風に立つ
 私の愛のかぎりもない欅けやきの立木だ。 

 光明と暗黒との参差しんさする、 
 また運命と生活との交錯する
 人生の大地の一点に立つ私が、
 日ごと織りつむぐ百千の夢想や思念のひとつを
 今しも懸けて眺めるのはあの針のような梢だ。
 夕暮のさびしく明らかな青ぞらの中、
 風に吹かれてその膚を寒気に光らす欅へだ。
 私の目にうつる今という時の風景に
 ひとつの荘厳をくわえる彼らへだ。

 ああ、燃えてやまない炎のような私の愛!
 我が胸の深い青海の底から湧きおこって
 人の心に
 或る時は確かに、或る時は甲斐もなく、
 波濤のように打ちよせる私の熱情!
 その力、その深みに横たわる不可思議の力を、
 悲しくも、しばしば、私は知らないのだ。

 しかし、ただ私は見る、
 この黒曜石のようなふたつの瞳に映る人生の風景のなかに
 惜しげもなく打ち上げた心の波の高いしぶきを、
 優しく又強く、美しく又烈々たる夢想の指先を。
 そして、今は冬の夕暮、
 おんみらの梢に、その上の青ぞらに、
 欅よ、私は見るのだ、
 あたかも今おんみらの枝組の奥に輝く星のような
 遠く又近い一人の心にむかう私の愛を!

 

 

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 或る宵

 おお、この夕焼のなんという比類なき荘厳、
 そして私の胸にみちる
 生きる事への今さらの悦び!

 おもむろに闇の湧きあがる
 暗い緑の竹林の上に
 冴えてくる金いろの月、
 その下にきらめく星の一粒、
 夕焼と月光とのわかちがたい草の葉を、
 さざなみ打たせて風が通る。
 うるわしい西天の無際涯の海に
 とおく吸いよせられた心が
 またも身のまわりの大地に帰る。
 私の悦びは水の響きとなり、葉のそよぎとなり、
 また空間をちりばめる冬の梢となって、
 熱情の炎の根から花咲く詩をつづる。

 おお、この夕焼のなんという比類なき荘厳、
 そしてこの月光のなんという神秘な静寂!
 天に、大地に、草木に、水に、
 ちらばり光る無量の思想に貫かれつつ
 不死の愛讃に生きるなんという悦び!

  

 

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 井戸端

 出ろ出ろ、水よ、
 井戸の水、
 ポンプの口から束たばになって   
 竜になって躍り出ろ!

 昼さがり、
 空はあおあお、葉はきらきら、
 茂みの奥は光の鹿の子
 畠は野菜のエメラルド。

 むこうに見える友達の家の
 二階の窓がまるで花びら、
 煙突の青い煙が空へあがる、
 空には幸いの雲のきれいな一ひら。

 こっちに見える農家の中庭、
 黒檀のように黒びかりする縁側で
 隣りのお爺さんが羅宇掃除、
 紅梅のちらほら咲いた盆栽のそば。

 “Chrochallain would gie me sae canny and free
 Their milk on the hill-top when nane’s bye tae see”
 あまりのどかなので口笛を吹けば
 鼻の先の黄楊つげの木でも薮鶯ちゃっちゃが鳴く。

 出ろ出ろ、水よ、井戸の水、
 田舎の井戸のポンプのロから
 金と青との竜になって
 ぐるぐるうねって躍り出ろ!

 

 

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 雪

 雪の賓客がまたも田舎へ訪ねて来た、
 分封した蜂群の雪、
 塩のように細かい雪が。
 井戸も鶏舎も垣根も堆肥も
 みんなまっしろな粉末をかぶり、
 倒れかかった納屋のアンペラ張りの戸が
 物倦げにきいきいきしむ。

 雪は渦巻いて降る、
 雪は窓の高さまで舞いあがる。
 庭の蔓ばらのアーチはたちまち銀の網細工。
 紫のムスカリと卵黄色のクロッカスとが
 雪にちぢれた下萌えの中でうなだれている。

 笹藪のレース模様で縁どった村道をゆくと、
 小川の角の野菜洗場で、
 まるまると肥った二羽の家鴨が
 頭に雪をのせながら
 アニトラのダンスをしては冷たい水にすべりこむ。

 その水際の一本の河柳はマリア・ドロロサ、
 救い主の太陽に向かって開いた優しいまぶたを痛ましく閉じて、
 横なぐりの吹雪のなかに暗然と立っている。

 

 


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 台 所

 まっかにおこった七輪の炭火の上で
 柄附鍋の米は憤然と煮えたち、
 琥珀いろの湯気は蓋を押し上げて
 塹壕から立ちのぼる砲煙のように濠々と噴く。

 そとは晴天の北風、しかしここには湯気がこもり、
 壁にかけたゴッホの素描に露がたまる。
 跳ねた炭火が空間でまた跳ねる、
 まるで霧のなかの烽火のろし、光の花束。 

 その七輪の前に棕櫚編みの椅子を据えて、
 辞書を相手にデュレーの「マネー伝」を読みながら
 惜しい時間を埋め、又かたわらの手帳をとって
 浮かび来る詩想の断片を書きつける。

 鍋を流れ出る熱い汁が火に滴って
 湯気といっしょに灰が巻き立つ。
 その舞い落ちる灰の雪であたりはまっしろ、
 棚の食器も板の間も、髪の毛さえも。

 あさげの菜さいは薯の味噌汁、柴漬と生玉子。 
 椅子に腰かけ書物をひろげ、
 裏の木立に鳴くかわらひわの声を聴きながら 
 一切の新鮮なものに満腹するのだ。

 そして今、頭の上の引窓には金色の日があたり、
 藤紫の空が長方形の鏡となる時、
 焦げついた飯の健康な匂いは魂の健康と飽和して、
 独身生活の朝の台所に天衣無縫の二重唱を織る。

 

 

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 東京へ

 新らしく移り住んだ田舎から
 たまに東京へ出るうれしさ。
 田舎の太陽や空や雲や、
 その淳朴でかけかまいのない
 濶然たる天然や人ごころに包まれていて、
 光と健康とを水のように飲んでいたからだや心が
 ここへ来ると又不思議にも華やぎ、
 特別な力を感じるのだ。
 新らしい壮大と美との要素が
 この熱を帯びた生活の巨大な花心に、
 この囂々たる蜜蜂の巣のまんなかに在る。
 そこに群集する都会の微分子や
 ぎっしり詰まった大小無数の文明の顆粒を見て、
 彼らのいきりたつ熱気と、
 その揺るぎなき存在の理由と、
 その有用さとやくざさとから
 かつて感じなかった都会の活力を感じ取るのだ。
 そして生き生きした印象を抱いて、
 又すこしばかりの買物をして、
 農家と畠と緑とのまんなか、
 溢れるような日光にちらちらして
 見えなくなっているような我が家へ帰るうれしさ。
 鋤きかえされた魂の豊かさをもって
 再びつよく朗らかに生きるうれしさ!
 時々東京へ往くのはいい事だ。

 

 

 

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 雪どけの日から

 田舎へ雪がどっさり降った。
 それが眩しい日光と春らしい風に溶けた。
 たのしい雪どけの日が毎日つづいた。
 いたるところ、大地から
 モーツァルトのカルテットが湧きおこった。
 白い雪と鳶いろの枯草との波模様の間から
 福寿草が黄金の目をあけた。
 人はシューマンの「春」を歌った。

 明るい思想のような流れのふちへ
 寒気から放たれた小鳥が水飲みに来る。
 ばらいちごが深紅の芽を吹いているその水際は、 
 静かで、終日の日溜りで、
 半日の瞑想にも好適の場所だ。

 人知れず希望の宝石をつけた樹々の枝は
 空へ上げられた感謝の手のよう。
 あざやかな路がその下をあかるく通る。
 おりおりのそよかぜに落ちる雫は
 じつに清くて、じつに単純。

 北風の息がしだいに弱って
 自然の暦がだんだん生気に満ちて来る。
 朝々の水汲みに水はまんまん、
 時たま台所で洗濯をしていると
 高い空で鳶の声を聴く。
 水仙の芽が緑いろの爪のように伸び、
 クロッカスが針のような葉を抽いた。
 春が来る、春が来る。
 野菜洗場の風よけの土手で
 ルビーのようなしどみの花をこのあいだ見つけたが、 
 密生した熊笹の根にびっしり抑えつけられながら、
 あれがやっぱり、
 早春の歌の序曲だったのか。

 

 

 

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 小さい墓地

 大樫と柿、欅と黄楊つげ、  
 暗い、きよらかな木蔭をぬけて
 静かな路が畑へつづく。
 畑は午後の溢れるような日光。
 その細路の出はずれに、
 木々のしげみにかこまれて、
 おぼんの家の小さい墓地が、
 平和に、ひっそりと、すこし悲しく。

 かつて世に在った日の彼らの生活。
 熱烈な労働と、乱費された努力と、
 愛と、喜悦と、憎悪と、悲惨と、
 そして最後に来た永遠の休息と。
 おお、単純にして真実だった彼らの生活に
 ひとたびは織りまざった「時」の経絲たていとが、 
 きょうも同じ輝く太陽と早春の微風とを齎しながら、
 灰と化し塵に帰した者らを呼びおこして、
 あの力強い、光輝ある
 梭おさの響きを立てることはもはや無いのだ。 
 おお、生気に満ちた春の大地の片隅の
 死者の家のなんという甘美な静寂!

 我が家を出て
 甘草かんぞうの新芽を摘みに往く道の右手に、 
 柱も家運もかたむいた
 古いおぼんの家を私は見ながら、
 日光が黄金の縞を織る
 暗い、きよらかな木蔭をぬけて、
 畠へかよう静かな路を出はずれれば。
 その朽ちくずれた台石の間に
 草木爪くさぼけの花の咲く小さい墓地、 
 平和に、ひっそりと、すこし悲しく、
 苔蒸して眠っているひとつの世界、
 いとも静かなものの美。

 その美の前を黙礼しつつ私は通る。

 

 

 

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 収 穫

 膚を吹くそよかぜの得もいえぬ夕暮の野で、
 さやさやと鴫るあのかすかな響きはなんだ。
 日は一時間前に落ちて
 西の空は鮭の肉いろ、
 おもむろな夜が
 まず中天からひろがり初める時。

 遠く、近く
 野に散らばって農夫らは取入れを急ぐ。
 小松菜の収穫、その小松菜に花が立つ。
 日は暮れ、取入れは多く、人手はすくない。
 女房よ、娘よ、
 霜よけの笹を抜け!

 路ばたの堆肥の山でぶよの群が輪をえがく、
 かろく、気まぐれに、淡あわ々と。   
 祖父と夫と伜とは懸命に菜をたばねる、
 土にまみれて。

 森かげの村にはちらちらと愛のような燈火がつき、
 薄青い煙が絹糸のようにたなびき、
 色の濃くなってゆく天に星が瞬きをはじめる。
 ああ、その薄明りの野のおちこちで
 まだ聴こえている笹の音、人の声。

 

 

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 幸いの日

 額を吹く穏和な風、
 海の上げ潮のようにまんまんたる日光。
 青空の下で干万の葉をきらきらさせている
 樫や椎の木蔭の道をとおれば、
 その淡紫の暗さの
 ああ! なんという涼しさ、爽かさ。

 あの藤の房のゆらりと下がる
 明るい初夏の日がもう来てしまったよう。
 どこを見ても生気と光明とに満ちて、
 名も知れぬ真紅の枝の伸びた薮のひなたに、
 銀いろの頭をした大きな花虻が
 もうぶんぶんやってさえいる。

 枯草と緑の芽とが
 複雑な模様を織っている流れのふちへ立つと、
 きれいに行列した葱の畑のむこうに
 しっかりした古い農家が正面を見せ、
 静かな井戸のたたずまいから、
 干してある唐傘や襁褓や、
 ぎっしり枝と葉とを組み合せた大きな黄楊つげの茂みまで、
 すっかり一枚の絵になっている。
 ゴッホの素描を想い出して
 自分も描いて見たくなる程だ。

 むこうの丘の輝いた横腹から
 空をさして見事に立っている楢の林が、
 その銀の光のなかに
 もうかすかに緑をふくんでいる。
 その下に、南を向いて、
 家畜の群のように並んでいる白い温室。
 空気は上等、
 申しぶんのない平和な風景。
 しかもどことなく冷やりとする自然のうちに
 脈々と動いている春の生命。

 空や大地がお祭をしているこんな立派な日の昼前から
 午後にかけてあるき廻っていると、
 この力強い淡彩の自然に身も心も飽和して、
 往くべき用事があると知りながら
 つい惜しくなって東京行きを止めてしまう。

 

 

 

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 雲 雀

 青ぞらは光の海、
 太陽は巨大な輝く揺藍、
 そして野は
 緑と鳶いろと銀と淡紅とでぎっしりと織りつめられた
 丈夫な美しい絨緞。

 沸々と増盛するもので野はいっぱい。
 ここでは、雑木の根で組み固められた土手の下を
 小川が若い女の腕のように
 ぐるぐると逞ましく流れ、
 路の栗いろの帯をさしはさんで、
 まろい大地の腹に
 鮮麗な麦畑がうねりを打ってひろがっている。

 光にまみれた高い空間で
 気も遠くなるような一つの声が、
 きらきらと急調子のトレモロをやっている。
 雲雀、今年初めての野の雲雀だ!

 ああ、濶然たる田園を見おろすあんな空で、
 小さな全身を歓喜にふるわせ、
 あるかぎりの音量をまきちらして雲雀は歌を歌っている。
 まっさおな空気の層をゆるがす
 のどいっぱいの彼のトレブルー

 まるでとんでもない幸福の夢想が
 その微細な脳髄を占領してしまったかのよう。
 頭を太陽に向け、
 強い翼をぶるぶる顫わせ、
 その幸福な夢想に興奮して地上の一切事を忘れ、
 目に見えぬ天空の階段を、
 雲雀は
 熱気に打たれて駆けのぼる。

 紗のような薄い雲が太陽の前を通って
 すべての色彩が光を吸って鮮明になる。
 とつぜん空中の歌が止んだ。
 恍惚が醒め、風景がかげる。
 まだ少しひやりとする風が畠をわたって
 楢の枝で去年の枯葉がからから鳴る。
 雲雀は小さな黒点となって
 つぶてのように野に落ちた。

 

 

 

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